少年野球コラム|「吉田輝星」と「由規」

ヤクルトスワローズの由規選手が来期の戦力構想から外れた。球団は引退の打診をされたそうですが、由規選手は現役続行を希望し、新天地を探すそうです。驚きの情報でした。 退団のヤクルト・由規が涙 新天地はNPB以外でも「ボロボロになるまで」

 ヤクルト・由規投手(28)が今季限りで退団することが2日、決まった。来季の戦力構想から外れ、球団から現役引退の場合はポストや引退セレモニーが用意されたが、悩んだ末に現役続行を希望した。東京・北青山の球団事務所を訪れた由規は、球団に感謝した上で「自分の可能性にかけたい。ボロボロになるまで野球をやりたい」と涙を流し、愛着ある球団に別れを告げた。

10年前の甲子園のヒーロー「由規」

2007年の夏の甲子園で、仙台育英高校のエースとして当時では最速の150kmを記録し、一躍ドラフト候補になりました。2008年にヤクルトスワローズにドラフト1位で入団すると、順調に成長して入団3年目には161kmを記録するなど、本当に日本中を騒がしたヒーローでした。
「日本人でも160kmを投げる投手がいるんだと」
大谷翔平選手が160kmを投げて、日本最速投手と騒がれましたが、日本で初めて160kmを投げた投手は由規投手だったのです。

日本で初めて?「160km」を投げた「由規」

プロ野球では、古い話ですが、400勝投手 金田正一投手や鉄腕 稲尾和久投手は、
現役時代160kmは出ていたといわれていますが、当時は、スピードガンもない時代。
日本人で160kmを計測したのは「由規」投手だと思っています。

入団後、最初の2年間だけ。以後はケガとの闘い

由規選手は、2008年に入団後、日本最速の投手として期待され、多くの記録を残しました。由規選手のケガの苦悩は、
●11年9月9日 右肩の張りで登録抹消。
●12年5月24日 左膝下のはく離骨折で全治2カ月と診断される。
●13年4月11日 右肩をクリーニング手術。
ほとんどがケガとの闘いです。高卒ルーキーで入団し、実際にケガなく活躍したのは2年間。
高校時代の由規選手の映像をみてもらうと、プロ野球でも活躍をワクワクしながら本当に将来を期待できる投手でした。いまでも、その躍動するフォームは目に浮かびます。

10年後にでてきた期待の投手「吉田輝星」

今年の夏の甲子園で活躍した「吉田輝星」。この間は秋の国体で152㎞を投げたと騒がれています。夏の甲子園での活躍後も、吉田輝星くんは、夏の甲子園での自信からかさらに成長しています。

「由規」と「吉田輝星」

由規選手は、仙台育英高校時代、確かにいい投手であるという情報はありました。でも、実際には、甲子園に出場するまでは、「一地方の有力投手」でした。でも、甲子園という舞台での活躍から、さらに成長しました。だから、プロのスカウトからも高評価となり、ドラフト1位でプロに入団しました。
吉田輝星くんも、夏の甲子園前までは「一地方の有力投手」だったと思います。いい投手であることは間違いありません。そして、夏の甲子園の舞台を経験したことで、ドラフト1位でも遜色ない実力を兼ね備えた実力まで成長したと思います。
由規と吉田輝星。もともと才能のある投手が、「甲子園」を経験し成長した投手だと思います。

「由規」は、プロ野球にいくべきではなかった?

由規投手のケガとの闘いをみてみると、高卒でプロ野球に入団せず、大学進学してからプロ野球にはいれば、ケガに泣かされなかったのではないかと思う方も多いのではないでしょうか?
でも、それは違うと思います。由規選手は、確かに2年間の活躍でしたが、大学に言っていても、ケガをしていたかもしれません。
これは、少年野球をやっていて、高校野球から大学野球と進んだ子供たちをみて、どうしてもケガで泣かされてしまう子供が多いです。それは、高校、大学と進めば進むほど、子供(選手)は常にケガとの闘いになります。
そうしたことを見てきた経験から、「由規」は「高卒でプロ野球に入団してよかった」と思います。
日本の最高峰のトレーニングやトレーナー、設備のあるプロ野球だからこそ、160㎞をなげることができたのです。大谷翔平選手も同じだと思います。

甲子園で成長したからこそ、「プロ野球」でさらに成長してほしい。

吉田輝星選手は、夏の甲子園で大きく成長しました。これからもこの才能は伸ばしてほしいと思います。
だから、吉田輝星くんにはプロ野球にいってほしいと思います。
最高の野球ができる環境と設備、そして、知識のあるプロ野球で、夏の甲子園での経験以上のことを吸収して、一流のピッチャーになってほしいと思っています。
高卒でプロ野球なら、ケガにきをつけてゆっくりと時間をかけて成長すればいいのです。

「由規」は、なぜ、戦力外になってしまったのか。

由規選手は、なぜ、戦力外になってしまったのでしょうか。まだ、投げられるのに・・・。
由規選手は、160㎞を投げる素質をもっていました。野球経験者であれば、こんな素質をもっている人なんてほとんどいないのも知っています。
由規選手はその素質があったからこそ、160㎞を投げられたのです。

高校卒業後、2年間ですが・・・。

由規選手は、この2年間とその後の8年間、何がいけなかったのでしょうか?由規選手しかわからないいろんなことがあると思います。
「あのときこうしたらよかった」とか「あのときにああいなければよかった」とかの反省も含めて、素質があった選手だからわかることがたくさんあると思います。
今後、由規選手は、こうした経験を踏まえて、これからの有望な投手が同じことにならないように、つないでほしいと思っています。由規選手だけしか味わっていない「挫折感」を伝えてほしいです。必ずまだ現役続行できると信じています。

「高校野球からプロ野球へは通用しない」は、今の時代は関係ない。

ここで、いつも思うのですが、甲子園で活躍した選手が大学に行ってすごい実績を残して、4年後にプロ野球として入団する。というケースが少なくなっているのではないでしょうか?
昔は、投手であれば、大学に行って成長して4年後にプロ野球といるケースはありましたが、最近は、甲子園で活躍した選手が大学に行っても、4年後にそのままプロ野球に入団しているケースがあるでしょうか?
東京六大学では、なんとなくプロ野球選手になっている人はいますが、ほかの大学ではどうでしょうか?
たしかに、高校時代、甲子園に出場している選手も多いですが、よくよく調べてみると1回戦や2回戦で敗戦した学校だったりしませんか?
個人的見解ですが、大学生で野球をやるということはものすごく大変なことです。でも、大学にいったら高校の管理される練習から、「自己管理による練習」に切り替わります。大学で野球やっている選手の退部理由は、この「自己管理による練習」ができないのが原因です。 この自己管理による練習をきっちりできる選手がプロに行けるのです。
「それをいったらなんだ、だらしないだけじゃないか」と思われるかもしれませんが、大学で野球をやる人は、いままで本当に野球でのエリートで育っています。高校時代華々しい活躍をした人が、まずぶつかる壁はこの「自己管理による練習」と、そして、「おごり」であると思います。
野球エリートであるため、大きな挫折を味わった選手は少ないです。でも、エリートできたなかで、甲子園出場と活躍できなかったときの挫折感はきっと大きいと思います。
だから、大学にいった選手は、大活躍した選手を見返してやるという気持ちで、日々練習に取り組んでいます。でも、甲子園で大活躍した選手はどうでしょうか?
いくらしっかりした選手であっても、「こんなもんでいいや」とか思ってしまうのではないでしょうか。
高校生からプロ野球選手になるという夢をもっていた人がドラフトで指名されなかった。これも、ひとつの挫折感です。少年野球でも、こうした「くやしさ」や「挫折感」を持った子がその後、中学高校で大きく伸びます。
だから、高校野球からプロ野球のそれもドラフト上位で指名されるというのは、実力と才能だけではなく、運もないといけないことです。
何を言いたいとかというと、高校でも大学でも社会人でも、プロ野球の上位指名は「その時」にしかできない運だと思います。
「4年後に成長してプロを目指します」と高校生が言ったとしても、本当に4年後にプロ野球のドラフトに指名されるのでしょうか?それも上位で。
上位で指名されるということは、実力だけの判断ではなく、その人の「素質」をみているからです。4年後、その素質は磨かれているのでしょうか?伸びているのでしょうか?誰もわかりません。
高校生で、上位でドラフト指名されるような選手は、その「素質」をたくさんみているプロ野球で、自分の「素質」を磨いてもらい、本当のプロ野球選手の実力をつけてほしいと本当に思っています。
「由規」選手も、プロ野球に行ったから160㎞がでたのですから。

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